4th STAGE - 8/15 Sun.
高山市-美女峠-鈴蘭高原-濁河峠-王滝村-御岳 128.8km
TOUR DE SHINSHU2004 閉幕 小嶋 すべての峠を制して完全復活!
明け方、激しい雨が窓をたたきつける音で目覚めた選手たち。第4ステージの朝は、今大会初めての雨降りで始まった。
この日のスタート時刻は、解散時間を考慮して通常よりも早い。午前5時すぎ、カッパを着込んで出発準備をするスタッフ、荷物をチームカーに押し込む選手など、最終日の慌しさがキャラバンを包む。「いつもなら布団の中なのに」・・・そんな声がどこからともなく聞こえるが、容赦なく出発時間はせまっている。
高山のユースホステルを自転車であとにした選手らは、宿から15分ほど国道158号を東に進んだ町はずれの駐車場へと向かう。かろうじて屋根のある場所を確保し、ウォーミングアップもままならないまま雨で濡れたサインシートに最後のサインをしたためた。体調不良によりこの日の出走を断念した加藤(チームミヤタ)、岡村(APEX)、金森(Panasonic)の名前はなく、3名をのぞいた合計48名が最後のステージに挑む。
大会4日目、第4ステージ。この日のコースは、高山市をスタートし木曽街道を南下して、まず山岳ポイントのつかない美女峠をクリア。続いてカテゴリー3級の鈴蘭高原(標高1327m)を抜け、朝日村から一路東へと向かい温泉で有名な濁河(にごりご)峠(カテゴリー3級・標高1767m)に登る。チェックポイントのある国道361号線との分岐へと下り、県境を越えて長野県へ。開田村、三岳村を経て王滝村へと入り、ラストはツール・ド・信州で初めてのコース採用となった御岳(カテゴリー超級・標高2192m)を目指す。
途中、難易度の非常に高い交差点が幾つもあり、選手にとっては走りのパフォーマンスだけでなく、コース分岐を間違えずにクリアするテクニックも要求される難解なコースである。
ひんやりとした空気のなか、雨は小降りになってきた。目指すはひとつめの美女峠だ。スタートから交通量の多い国道を通ること、峠までの道が非常に狭いことを考慮し、第4ステージも前日と同様、後半順位半分の選手が2分先行してスタート。続いて個人総合成績上位半分の選手がスタートし、ツール・ド・信州最終ステージが始まった。
「松井アタック!」
およそ国道とは思えない細い道のり、小刻みなコーナーが続く美女峠への登りで何名かが果敢に前に出る。そこから松井(KUCC)が飛び出した。前日同様、積極的な走りを見せる植村(京大自転車競技部)が後を追う。小雨ぱらつく峠がほどなくせまり、松井はそのまま単独通過して下り始めた。さらに矢澤(BIKE SHOP SPACE)、南谷(大阪工業大学)や阪大生、井上(スバルスバラースバレスト)、大塚(キャノンサイクリングクラブ)らが後に続く。
後半スタートした上位選手は既に美女峠で前方選手と混じり合っている。リーダージャージの小嶋(チームミヤタ)を始め、白石(シマノドリンキング)や関根(TEAM GIRO Cannondale)、高橋(京大自転車競技部)らを擁する集団が濡れた路面をものともしないスピードで疾走していく。続いて一色(KUCC)、井本(KUCC)、奈良(HOT STAFF)、高坂(HOT STAFF)、渥美(SPADE ACE)、渋谷(ミノムシ市川)、岩橋(ユキリン)らが通過。
13km付近、谷間の田舎道で前方のグループは小嶋らに吸収され、17名の集団になったが、消耗した松井や植村ら数名が脱落。25km付近になり鈴蘭高原への登りが始まったあたりで南谷(大阪工業大)も失速。
先行した後半順位の選手が徐々にふるいにかけられるなか、小嶋と高橋が集団から前に出た。さらに高橋が小嶋を引き離しにかかる。安定したシッティングで前進する高橋に比べ、小嶋はダンシングで続くが徐々に差が開き始めている。小嶋の背後には関根の影がしのびより、さらに後ろに高梨(なるしまフレンド)、木下(京大自転車競技部)、砂原(ユキリン)が続く。前日までの個人総合成績で4位につける高坂、6位の奈良は雨に濡れる美女峠の下りで慎重を期したためだろうか、トップから随分と差が開いてしまった。
「白石の現在地、分かりますか?」高橋、小嶋に付いていたオフィシャルカーが他車に呼びかける。ふと気付くと白石の姿がない。大会前の多忙がたたったのか、調子を取り戻せぬまま最終日を迎えた白石は徐々に後退し始め、7位まで下がってしまった。
「このまま走っても意味がない。やめようかと思った」。モチベーションをなくしかけた白石だったが、最後まで小嶋と戦い抜いてほしいと願うスタッフによる必死の声援が功を奏し、止まりかけたペダリングが再びまわりはじめて、一同ひと安心。
前方ではあいかわらず高橋がリード。「高橋に勝たせようと思ってたんですよ」というゴール後の小嶋の発言の真偽は定かではないが、両者の差は埋まらず、30mほど開いている。小嶋と並んで関根。なんとそこに白石が追い付いてきた!
高橋の懸命の逃げは峠まで続かず。苦しい表情の高橋に追い付いた小嶋。続いて関根。一方、いったん前をとらえた白石だったが、高梨、木下、岩橋が再び白石をかわして前に出る。
そうこうするまに3位以下の面子は鈴蘭高原スキー場からの登りでバラバラになってしまった。3位の関根の後ろでは高梨、砂原らがペースアップを図って前に出始めた。強豪、HOT STAFF勢ははるか後方。姿は見えない。どうした?
「2人で行こう」。そう言葉を交わした小嶋と高橋は、共に峠まで登って1、2位で通過。その後、分散して3位以下が通過していく。
鈴蘭高原
小嶋、高橋---関根--高梨--矢澤--砂原--木下--大塚--南谷--白石--渥美--奈良--高坂--井上--岩橋
高原からの下りを疾走する選手たち。途中、35km地点で非常に分かりづらい分岐を濁河温泉方面へと左折しないといけないところで、なんと4位グループの高梨、矢澤、砂原、木下がコースミスして一気に下ってしまった!大変なタイムロスと体力のロスだ。オフィシャルカーが懸命に追い付きコース復帰させたが結局、力尽きた南谷はリタイヤしてしまい、残る木下、高梨、砂原も大幅に遅れてしまった。
小刻みなアップダウンが続く濁河峠までの道のり。中間地点を過ぎたあたりで関根が小嶋と高橋に追い付いた。さらに、序盤ふるわなかった渥美が黙々とひとりTTに挑むかのような調子でペースアップし4位にまで上がってきた。そして、前方選手のコースアウトによって一気に順位を上げたものの、その事実にはまだ気付いていない白石、奈良、高坂らのグループが続く。この時点で、トップグループとの差は6分。
濁河峠まであと5km。依然として小嶋、関根、高橋はだんご状態だが、やはり峠がせまると小嶋は強い。5分差で渥美、すぐ背後に奈良が見えてきた。しばらく開いて高坂、白石、大塚と続く。そのままの順位で濁河峠を通過。
濁河峠
小嶋、関根、高橋---渥美--奈良--高坂--白石--大塚
峠を越えて、目指すはチェックポイントだ。トップ3名はそのまま共に下って70km地点のチェックポイントになだれこんだ。スタッフと言葉をかわすこともなく、バタバタとコースに戻っていく。その7分後、下りで渥美を抜いた奈良が単独で飛び込んできた。奈良は1分遅れて追ってきた渥美、白石、高坂と再びここで合流する。さらに2分遅れて大塚、また2分遅れて井上、そして岩橋、柴田、一色、矢澤、植村と続く。
後方に差をつけながら順調にチェックポイントを通過した高橋、小嶋、関根らだったが、ここで彼らに試練が襲い掛かった。木曽福島方面へと進む国道361号線から三岳村方面へと右折しなければならない地味な分岐を曲がることができず、そのまま直進してしまった。先ほどコースミスした若手を救出してほっとひと安心するもつかのま、今度はトップグループの迷子という大変な事態。背後から懸命に追ったオフィシャルカーが何とか復旧させたが、4位グループとのタイム差は2分半になってしまった。
トップが間違えた分岐に立ってスタッフが4位グループにタイム差を告げ、3人のコースミスと、もうひとつ前で起こった木下、砂原、南谷、高梨のコースミスによる遅れを告げると、奈良や高坂、白石はびっくり仰天!不運に見舞われた彼らに同情しつつも「トップと2分半なんて、俄然やる気が出てきたよ」と勢いづいてきた。
県道をひた走り、「おんたけスキー場」の看板を見ながら最後の山岳へと向かう4位グループ。個人総合順位が入れ替わり、HOT STAFFは高坂が奈良にかわってエースに転じた。そのため、奈良がえんえんと前を引き、高坂のアシストに徹している。
驚くべきペースアップ。前の3名と後方との差は、1分近くまでせまってしまった。タイム差を知らされた小嶋、高橋、関根に戦慄が走る。もはや後はない!とばかりに再びターボがかかった小嶋が平地で一気にスピードを上げた。高橋、関根は付いていけない。そうこうする間に背後からものすごい勢いで猛追開始した白石が高橋、関根を抜き去り、とうとう小嶋の背中をとらえた。
その後ろでは、ここにきて白石に続いて奈良のパワーもすごい。「高坂さんのために飛び出した」渾身のアシストだ。なんと奈良はそのまま失速した高橋と関根をかわし、遂に3位に踊り出た。小嶋、白石との差は1分半。
いよいよ最後の舞台、御岳の登りに突入した。一緒になった小嶋と白石。宿命のライバルが最後の最後で顔を合わせた格好だが、今はせまる背後の敵のほうが怖い。「しばらくは"かけ合い"無しで行こう。勝負は後ろと差をつけてから」と、小嶋と白石は合意し、イーブンペースでスピードを保って登坂していく。
共同戦線が効を奏したのか、登り中盤ではすでにトップと後方とは5分以上の差が付いている。容赦なく続く登りに、奈良から後ろの選手らはバラバラ状態になっていく。消耗した奈良を置いて、高坂がにじみ出る苦しさを押し殺すような静かな表情で登る。その後ろに高橋、続いて渥美、関根が続く。
眼下に広がる山々を際立たせる白い雲。幻想的な風景が広がる御岳は、大会のクライマックスにふさわしい舞台だった。緑のスキー場を横目に見ながら、遂にラスト3kmあたりで小嶋によるアタックが始まった。
必死で白石を振り切ろうとする小嶋、小嶋の後輪を見据えてくらいつく白石。緊迫の耐久戦がしばらく続いた後、とうとう小嶋が猛チャージをかけ白石を引き離した。ぐいぐいと差が開いていくが、白石もまだ諦めていない。30mほど離れたところで、弾丸のように猛スピードを出して白石が追い上げた。
一度はこのステージを投げ出しかけた白石に再び火が付いた。その勢いはスタッフが息をのむほど。あっというまに5mまで接近したが、振り返った小嶋も最後の力を振り絞って引き離す。
限界まで出し切った白石。ここで、「アウーーーーッ!」と断末魔の叫びをあげて力尽き、小嶋の背中は離れていった。フィニッシュまであと700m。優勝争いの勝負は決まった。
下界をみおろす広々とした駐車場には、すでに先行したオフィシャルカーや応援の車が到着している。すっかり雨も上がって、爽やかな風が吹き抜けていく。
「小嶋がきた!」
空の青さと緑に映える真っ白なリーダージャージがせまってきた。一体何度アタックをしただろうか。気が付けば、全ての峠を誰にも譲らず一番で通り抜けた真の勝者が、笑顔をたたえてウィニング・ランを晴れやかに決めた。小嶋、完全復活を見せつけた一瞬だ。
そしてその20秒後、悔しさのなかにも清清しさをたたえた表情で昨年の覇者、白石がフィニッシュ。総合時間にして小嶋と38分31秒差、3位の関根とは6分2秒差で総合2位となった。小嶋と白石による最後の御岳での攻防は、「ツール・ド・信州の醍醐味、ここにあり」とオーガナイザーの近藤が興奮するほどの戦いだった。
そして白石のゴールから6分半後、第4ステージのお立ち台の最後を飾るのは、チームメートのアシストを受けて粘りの走りを見せた高坂だ。黄色いダッジを走らせ、連日献身的なサポートを繰り広げた石田の大きな声援を受けながら笑顔で目を細めて飛び込んできた。続いて、エースのために身を粉にして走った奈良がやってきた。5位は序盤の走りが光った高橋、6位はなんとか総合3位を守った関根、7位は大会の後半になって徐々に走りに力強さが出てきた渥美、8位はメカトラなどに苦しみながらも着実に上位をマークした柴田、9位は期間中、体調不良に悩まされながらも堅実に上位をキープした紫芝、そして10位は果敢な走りで大健闘の植村、11位には3度目の大会出場で貫禄がついてきた学生選手の一色が、12位には「雨が降った今日が一番良い走りだった」という寺島、13位には大会初参加なが ら着実に調子を上げた大塚が笑顔でフィニッシュ。
自分と、あるいはライバルとの、すべての戦いは終わった!閉会式での上位選手によるシャンパンシャワーや恒例のひとことコメントの後、全員でカメラに向かっての記念撮影で盛り上がり、選手らは全国各地に散らばるそれぞれのホームタウンへと帰っていった。
幾つもの峠を登り、町をぬけ、持てる力を振り絞って走り続けた選手たち。このレポートに名前が載らなかった選手たちも、銘々に信州を戦い抜き、2004年夏の熱い物語を作り出したに違いない。
51名のロードマンが山々に挑んだ4日間。ツール・ド・信州2004は、ひと足早い秋を思わせる風が吹きぬける御岳で、ここに幕を閉じた。