HISOTRY 2001

選手レポート - 山崎光太郎



ゼッケン23番、「坂バカ日誌」の山崎光太郎です。

ツールド信州開催中はスタッフ、選手の皆さん大変お世話になりました。
心より御礼申し上げます。
あまりにも強烈な思い出となったこの大会を、しっかりと記しておこうと思い、
スタッフの皆さんが作られた素晴らしいホームページを追いながら、
あの夢のような、充実した五日間を回想し、
ツールド信州の参戦記と感想を書き綴りました。
早くも大会からひと月以上が経ちます。
かなりの長文で、お見せするのがためらわれますが、
雑誌「ファンライド」に記事が載り、
他の皆さんを差し置いて写真まで掲載して頂いては、
黙っているわけにもゆきませぬ。
多大なる感謝の気持ちと共にお届けいたします。


プロローグ

吸い込まれそうな青い空に白い雲、
夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、鳴り響く蝉の声、
ここは長野県の南端、深い緑に囲まれた天竜渓谷。
気温と共に上昇した真夏度は、既に臨界状態。
この雰囲気に包まれて間もなくツールド信州が熱く開幕する。
わずか4日間で標高差1万5千メートルを制覇する狂気のレースに挑む
25名の峠ジャンキーが全国各地より集結した。

初日の今日は、タイムトライアルが行われる。
前週、秋田県は鳥海山で初めて経験し、
自分にとって2度目のタイムトライアル。
スタッフの大門さんがサドルを支持してくれる。
両足を大地から離しても景色が流れない違和感にレース気分が盛り上がる。

スターターはスタッフの西山さん。
目の前に差し出された彼女の指がカウントダウンの声と共に1本、また1本と消えてゆく。
数秒後に始まるであろう数分間の酸欠状態と、
彼女の静かな声とのギャップが何か可笑しい。
表情を変えずに笑う。
「スタートっ!」
かけ声と共に眼の前にあった彼女の腕は消え、
夏景色に這うようなアスファルトのラインが目に飛び込む。

いよいよ始まった。心の中で吼える。
真夏の大気の中、前へ前へと足を廻す。
負荷の解放地点まで距離は約3km。心肺は悲鳴を上げ、後半はタレる。
フィニッシュライン通過。頭の中は真っ白。
しばらく経つも、喉は水気を求めてさまよい、痙攣をなかなか止めない。
次点スタートだった同志・寺島氏@坂バカ日誌と共に、
他選手のゴールシーンを見つめる。
見事なダンシングで最後の坂を昇りきる姿に無限のパワーを感じ、武者震い。
そして明日以降の自分に対し、不安が吹きあがる。
ツールド信州で走るまでにやり残してきた事が沢山あったと感じるも、
天竜渓谷の景色を見ていたら、「すぅーっと」吹っ切れた。
「あまり考えてもしょうがない。徹底的にツールド信州を楽しんでやる。」
そういう事なら得意だもんね。
蝉の声が鳴り響く。


1st stage

天気は上々、体調良好。
起き始めの太陽は日差しも優しい。ここ南信濃村にも気持ちの良い朝が来た。
先行する車に導かれ、ゆっくりと25台分の27インチが回転開始。
街中を抜け、車が加速し離れてゆく。レース開始の合図だ。
いよいよ本編ステージレースの始まりだ。

昨日と同じく、音は出さずにまた吼える。
先は長い。南信濃村から伊那の権兵衛峠まで120km。
「慌てちゃダメダメ。ゆっくり行かなきゃ」...って、あれっ?
出だしは緩やか~な勾配の山村道。一応上っている。なのに、
「みんな速いっ!」
こっちも遊んでいるわけじゃない。踏んでいるのにじわじわと離される。
「もしかして誰かサドルにつかまってるでしょ?」そう思って振り返る。
そこには同志・寺島氏@坂バカ日誌の姿が。「うぉっ やはりそうか!」
しかし彼の手は右も左もハンドルの上。あらあらら
つまり、ウチらが遅いってコト? ですね。

間もなくサポートカーの1台が近付いて来た。
助手席から長い髪に髭面の男性が顔を覗かせ、我々に声をかける。
オフィシャルマッサーの藤田氏(弟)である。
「どうしたの?誰かアタックでも仕掛けて、置いて行かれちゃった?」
ちなみに藤田兄弟は、私と同じくヒゲを蓄えているので、
密かに「おヒゲ仲間」として親近感を抱いていたが、この言葉は効いた。(笑)
寺島氏と共にしばらく返事に困る。
「いやぁ、普通に走っていたらこうなっちゃった。あはは」
「...」(藤田氏(弟))
ちなみに、藤田氏(兄)@クラブアングルは、はるか前方で先頭集団を形成。立派である。

予想はしていたものの、早くもツールド信州第一回目のダメ馬鹿振りを疲労する羽目に。
しかも仲良く坂バカ日誌の二人コンビでやってしまった。
「あのね、二人で逆アタックを仕掛けたけど、誰もついて来んかった。」
こんなフザけた返事ができればまだ良かったのだが、
この時は皆との実力差に愕然となり、そんな余裕は全くナシ。

早々に気を取り直し、徐々に自分のペースむ事に集中する。
そうこうしていると、トンネル発見。
「???...!」
ここでパンク発生。記念すべきツールド信州第1号のパンク。
トラブル発生直後に現れた大門さんと彼の駆るサポートカーのボンゴに付き添われ、パンク修理。
このパンクで初日は受難のレースになる気配を感じたが、これが見事に的中。
しらびそ峠を下りきった辺りで、道を間違えて迷子になる。
この迷子事件の直前、わざわざ停止して地図を確認したにもかかわらず、
完全に自分の思い違いであらぬ方向へ走り出し、事態は悪化。
あろう事か一緒に走っていた京大の1期生をも巻き込んでしまった。(細川君、すまん。)
初日からこんな調子だと、最終日あたりにゃにフレームでも折れるんだろうか。
身体だけでなく、財布にも過酷なツールド信州。なーんてね。

迷子から復活して走り出すと寺島氏がパンク修理をしていた。
ツールド信州の神は、初参加の我々にまたも試練を与える。
その後単独走行が続く。モチベーションが低下し、分杭峠に向かう道のりが長く苦しい
しかしリタイヤだけはイヤだ。まだまだ踏める。廻せる。そう言い聞かせる。
分杭峠から下って行き、ようやくチェックポイントに到達する。
ここで食事を始めるとすぐ後から寺島氏が到着。
チェックポイントを発った我々二人は、伊那市街まで先導を交代しながら進む。
伊那市街は、夏の盆地ならではのイヤ~な暑さが街を覆っている。
暑い大気の中を行く。不快感メータが振り切れる。
うーっ、早く高度を上げて気持ちよく走りたいっ!

市街地も終わりに近付き、上り坂が始まる。
最初の長い坂でまた一人になる。
ようやく今日最後の頂、権兵衛峠を捕らえ始めた。
上り始めのわずかな距離、急傾斜に足がビクビク震え出す。
ちょっと怖くなり、抑えながら走る。
その後はなだらかな勾配が続き標高も順調に上昇。
ふと心拍計を見ると140を割り込んでいる。
クールダウンにはまだ早い。遊んでいる場合でもない。
気合いを入れ直す。とても僅だがスピードが上がる。

徐々に視界が開け、眼に飛び込む視界の内訳に空が増す。
静かな山中で歓声が聞こえる。
迷子に巻き込んだ細川君がすぐ前を走っていた。
彼の姿とフィニッシュラインが、やっと見えた。

所要時間約7時間。
自転車腹はお腹一杯である。
しばらくして寺島氏もゴールした。
この日我々坂バカ日誌は二人仲良く
バックからスコーンと1・2フィニッシュを決めた。


2nd stage

木曽福島の郊外、
天気最高。震えるくらい完璧な夏の朝だ。
宿の駐車場から、レースの一日が始まる。
山間を縫うように走る道。3km位で徐々に集団がバラける。
地蔵峠、長峰峠、野麦峠へとつづくツールド信州第2ステージ。
コースは辛いはずだが、恐ろしく気持ちがよい。
アスファルト上の気流に乗りながら滑走している感じ。
脳内麻薬のドーピング検査をやったら陽性反応が出るかも。
サポートスタッフから声をかけられた時の反応も妙に明るい。
ただ昨日のように道を間違えないよう、気をつけねば。

その後、道を間違えることもなく、順調に進む。
脚も良く動き、途中で合流した二人の選手と共に信濃路をひた走る。
そろそろ道を曲がる頃だな。と思っていたら、
スタッフが路上に出て行き先を指示してくれている。
「ここを左に曲がるのね。りょーかい」
体を傾け、向きを変える。視線の先に、また新たな坂が現れる。
良い感じに走れている。このリズムを変えたくない。
スピードを落とさぬ様、クランクを廻す。
しばらく上ると3人の選手を見つけた。
なんか今日は昨日と違い、他の選手に会うことが多い。
こうなると否が応にもレース気分は高まる。
すでに出来上がっている自分のペースに任せ、3人追い越す。
「おぉっ 今日はマジ調子いいじゃん?」と思い始めたのも束の間、
「んんっ これはっ?」
またしてもパンク。ありゃりゃ残念。
昨日と同様パンク直後にサポートカーが現れ、代輪の使用を勧めてくれたが、
代輪に装着されているギヤの歯数が自分のものと合わないのと、
信州参加に合わせて新調したホイールを使い続けたかったのとで、
パンク修理(チューブ交換)を選択。
作業中、5人ほど自分の傍らを選手が通り過ぎていった。
パンク修復後、先程抜き返された選手たちに早めに追いついておこうと
ペースを上げてみたもののなかなか姿が見えない。
結局この日、彼らを再度抜き返すことはできなかった。じゃんねん。

さて、定期的に摂っていた食料も底をつき、
はて、どうしようかと思っていると令子さんのインプレッサがタイミングよく登場。
「ボトル大丈夫?」
「それより、チェックポイントまであとどれくらい?」
「えっ?もう過ぎたやん」
「・・・」
ここ白樺峠まで来て、「チェックポイントはまだか?」などと申すうつけ者は俺くらいであろう。
距離計から、感ずいてはいたが、やはりそうか。
チェックポイントを10km程オーバーランである。
スタッフがコース上で「こっちこっち」と叫んでくれていたのは
行き先の指示というよりは、チェックポイント指示をしていたのだね。
「するってぇと、食料入れた俺のバックは遥か後方にあるのね...」
「お腹すいてるの?何か上げようか?」
間もなく、車からバナナとパンが登場。心の中でじわーっと涙が。
令子さん、ありがとね。
それから、バナナは松井君@京大のものだと令子さんから伺いました。
まだ礼を言っていませんでしたね。申し訳ない。
遅ればせながら、ここで御礼申し上げます。
どうもありがとうございました。

さて、燃料補給を済ませ、白樺の木立の中を行く。
向かう先は、今日最後の峠である乗鞍岳。標高2715mである。
実はツールド信州を終えた翌週末、「乗鞍ヒルクライム」でまったく同じコースを走る。
昨年、始めて参加したヒルクライムがこの乗鞍だった。
例年になく自転車に乗っている今年の自分だが、
その成長ぶりは今日、そして来週のレースにて確認できる。
そんな訳でこの峠は、特に気合が入る。
上り始めから心拍は常に上がりっぱなし。
ダンシングの多用で脚の筋温も上がる。